マーガレット・ハウエルの服を通じて、本当の豊かさを考える。

マーガレット・ハウエルは、ブランド創立から50周年。これを祝して、以前好評だったLIFE NOTESにオーディオコンテンツが加わり、リニューアル。ブランドと縁のある方々をお招きし、出会いのエピソードや思い出のアイテムなどについて語っていただきます。今回は、ウェブメディア「くらしのきほん」を運営し、暮らしや仕事における豊かさ、そして学びについての著書も多数出版する執筆家・松浦弥太郎さんをゲストにお迎えしました。インタビュー時の生の声もぜひお楽しみください。

松浦さんがマーガレット・ハウエルを知ったきっかけは何だったのでしょうか。

僕は20歳ぐらいの頃、日本とアメリカを行き来しながら本の仕事をしていました。夏はTシャツにデニム、涼しくなってきたらボタンダウンのシャツといったシンプルな服ばかり当時は着ていました。アメリカの物は好きだったけれど、ファッションには無頓着だったんです。その頃、ニューヨークとロンドンをベースに仕事をしている年上の女性と知り合い、ある時その彼女が僕にマーガレット・ハウエルのシャツをプレゼントしてくれたんです。それが、マーガレット・ハウエルを初めて知ったきっかけ。それまでアメリカの質実剛健なコットンのシャツばかり着ていた僕が、イギリスのクラフトマンシップを感じる、非常に上質でスムースな動きやすいシャツと出会ったわけです。“良いものを着る”ということがどういうものか、そのシャツを通して知ったように思います。時が経ち日本でもマーガレット・ハウエルの服が手に入るようになってからは、自分のお金で背伸びをしてシャツを買い足したり、人にプレゼントをすることもありました。僕にとってはずっと、憧れのブランドなんです。

『暮しの手帖』の編集長を務めていらっしゃるときには、マーガレット・ハウエルの特集記事を企画されていますが、これはどういった経緯があったのでしょうか。

『暮しの手帖』の編集長になり、“この時代に、役に立つことは何だろう”ということを考える毎日でした。たまたま自分が持っているマーガレット・ハウエルの服が目について、一つのファッションブランドをただ紹介するということに留まらず、服作りのもう少し深いところにあることを教えていただきたいと思ったんです。あとはマーガレット・ハウエル神南店のカフェメニューが、マーガレットさん自身がお好きなものであったり、よく作られてるメニューを参考にしたレシピだと伺っていたので、食の話にも興味がありました。編集長に就任して2年目で、新しい『暮しの手帖』を表現するにはどうしたらいいか試行錯誤していた頃で、思い切って特集記事を作ることにしたのです。

取材のオファーに至るまで丁寧に時間をかけられたそうですが、どのようなやりとりがあったのでしょうか。

取材のオファーを受けていただくために、まずは『暮しの手帖』がどんな雑誌か知っていただきたいと思ったんです。日本の戦後まだ間もない頃に、それまで犠牲になっていた女性たちの生活に必要なことや、社会に対して必要な知識を伝え続けてきた雑誌であるということをお伝えしたかった。そのために創刊号をプレゼントしました。創刊号には、「見えないところもおしゃれをしましょう」という手作りの下着の記事や、りんご箱で家具を作ろうという記事があって、『暮しの手帖』を象徴する一冊になっています。自分たちが、ただ単に流行の一つとしてではなく、世の中の生活者に必要なことをお届けしたいと思っている。その一つにマーガレット・ハウエルというブランドの服や、カフェで提供しているイギリスの伝統的な料理を記事にしたいという思いを伝えました。そうしてインタビューさせていただくことになりました。とても喜んでいただいたと聞いています。撮影時にお会いできたのですが、ナチュラルでリラックスした様子で、非常に親切。とても思いやりのある女性でしたね。

マーガレット・ハウエルへの問い合わせも多かったそうです。『暮しの手帖』読者からの反応はいかがでしたか。

それまでではあまり考えられない特集で、長年の読者の中には驚いた人もいたかとは思います。時間が経ってから読み返してみたり、何度か目を通すうちに「自分にとって大切なことがたくさん書いてあるんだな」ということに気づいてもらえるはずだと信じていました。やっぱりファッションというものは、自分の気持ちを元気にしたり、力を与えてくれるもの。『暮しの手帖』でも、何をどう着るかということが生活の楽しさにつながっているということを伝えたかったんです。僕なりのファッション記事作りとしても、ターニングポイントになりました。

松浦さんご自身のファッションに対して考えていることをお聞かせください。

若い頃から自分に似合うのはどんな服なのか、自分が機嫌よく一日過ごせるのはどんな服なのか、試行錯誤してきました。数々の失敗を繰り返しながら、日常着が絞られていったんです。50歳を過ぎて、新しい服を買うという機会はめっきり減りました。マーガレットさんにインタビューをしたとき、「気に入ったものが少しあればいいんじゃない? 服をたくさん持つのは実はあんまり好きじゃないんですよ」とおっしゃっていた言葉が印象に残っています。マーガレットさんが僕に教えてくれたのは、「どう着るのか」というところ。長く大切に着て、少しくらい破れたり壊れたりしても直して着る。そういうことの豊かさを今、実感しています。20代で初めてシャツをプレゼントされてから50代を迎えた今まで、マーガレット・ハウエルの服を通じて、服と人との関係性について実感の持てる経験を度々させてもらいました。縁を感じますね。

本日も、私物のマーガレット・ハウエルのニットを着ていただいていますね。

『暮らしの手帖』の取材のときにマーガレットさんに、10年以上着ているカシミヤのニットの話を聞かせてもらったんです。「すごく気に入っていて、長く着ることでしなやかになり、自分の体にもぴったりと合う。薄くなってしまっているところやステッチが弱くなっているところもあるんだけれど、長く着ていないとこうはならない。私は本当はこういうものを売りたい」と。そうして、自分が着ているニットを自慢げに見せてくれたんです。その姿がすごく素敵で、僕もいつかそんな風に思えるニットが欲しいなと思っていた矢先に、今着ているニットに出会いました。それから大切に着ているのですが、マーガレットさんからしたら「まだまだ新しい」と言われてしまいそうですね。これからがより楽しみです。洋服は、長く着ているとその服を着ているときにした経験まで残っていきます。「おしゃれしてあの人と会う時に着ていたニット」だったり、「風邪を引いて寝込んだ時にパジャマがわりに着ていたニット」だったり……。色々なシチュエーションが加わって、自分の“服”というものを超えて、自分の一部になったような気持ちになる。自分がどう着てきたかが蓄積していくものです。ニットであれば、ほつれたら直せますしね。「壊れても直せる」というのは僕が服を選ぶときの基準でもあります。

お話を聞いていると、洋服を大切に長く着続けていきたいという気持ちになりますね。今日は、チェックのシャツも持ってきていただきました。

このマドラスチェックのシャツもとても気に入っているものです。購入したのは10年ほど前。洗えば洗うほど色が馴染んできた気がしますし、肌触りも良くなっています。ミシン目のステッチを見ると左右で微妙に異なっていてとても丁寧で美しい。ちゃんと人が手仕事で作っているんだなということを感じられますし、こういうディテールが全体の世界観を作っているのだと思います。もともとマーガレットさんが何かの取材でロンドンの蚤の市を訪れている様子を見たときに、ジャケットの下にすごく素敵なチェックシャツを着ていたのを覚えていたんです。それを見てお店に行き、近いものを探して購入しました。シャツ1枚で歩けるような季節になると、「あのシャツが着たいな」と思い出します。自分の習慣の一部になっている服です。

今はニューノーマルという言葉も聞かれる通り、日常の習慣も変化しつつあるときですね。またマーガレット・ハウエルは創業当初から環境への配慮の意識があるブランドですが、ファッション業界でも徐々に「サスティナビリティ」に対しての意識も高まっています。松浦さん自身は、生活に変化はあったのでしょうか。

もともと、いろんなことに対して自分の心地良さや、どうしたらリラックスできるかを工夫しているタイプなので、今回のことで大きく変化したことはないのですが、意識が高まることはいくつかありました。やはり、僕らは急ぎ過ぎているんだなということです。スピード感があることに価値があると思われていて、時間がかかることがマイナスに捉えられている。それはこれからの時代、改めて考え直さないといけないと思っています。急ぐことによって、本来気付くべき価値を見逃してしまう怖さを感じています。「サスティナビリティ」もすごく大切なことですが、まず自分が幸せで心穏やかで日々を過ごせていないと、なかなか意識を持つのが難しい部分でもあると思います。まずは自分自身が個人として、どう幸せに今の時代を生きていくかを考えたうえで、繋がりと未来がある。自分が社会にコミットしていくときに、どう人間関係を築けばいいのか、どう仕事をしていったらいいのかをまず意識する。そうしないと、ストレスフルな日々になってしまう。結局、自分のライフスタイルや暮らしの習慣に好奇心を持つ、ということが重要だと思うんです。それはすごくそれは楽しいことです。自分の心を満たしてくれるものは、自分の内側にあるはずですから、それに気が付けるとこれからの時代はもうちょっと楽に生きていけるんじゃないかな。

最後に、50周年を迎えたマーガレット・ハウエルについて一言お願いします。

マーガレット・ハウエルは、非常にベーシックでありながら、常に新しさがあるのが魅力だと思っています。新しさとは単純にトレンドという側面の新しさではなくて、工夫されているということ。常に上質な素材と心地よさを追求して、「今年の工夫はこれです」ということが伝わってくる。僕はご縁があることもあって、服を通じて、マーガレットさん自身とコミュニケーションをとっているような感覚がありますね。

PROFILE

松浦弥太郎・まつうらやたろう/執筆家

1965年、東京都生まれ。2005年から「暮しの手帖」編集長を9年間務め、2015年7月にウェブメディア「くらしのきほん」を立ち上げる。
2017年、(株)おいしい健康・共同CEOに就任。 「正直、親切、笑顔、今日もていねいに」を信条とし、暮らしや仕事における、たのしさや豊かさ、学びについての執筆や活動を続ける。

PHOTO: TETSUYA ITO
EDIT: YU_KA MATSUMOTO
TEXT: RIO HIRAI
SOUND ENGINEER: SHINSUKE YAMAMOTO