栗野宏文さんが出会い、そして感じたマーガレット・ハウエルの世界とは?

ブランド創立50周年を迎えたマーガレット・ハウエル。これを記念して、以前好評だったLIFE NOTESが再スタート。LIFE NOTESセカンドシーズンでは、ブランドと縁のある方々をお招きし、出会いのエピソードや思い出のアイテムなどについて語っていただきます。最初のゲストは、日本にブランドが入ってきた頃からお付き合いのあるユナイテッドアローズの栗野宏文さんが登場。今回から、メッセージを生の声でお届けするオーディオコンテンツの配信もスタート。インタビュー時のムードを感じることができます。

栗野さんとマーガレット・ハウエルの出会いについて教えてください。

1980年代に初めてマーガレット・ハウエルさんにコンタクトを取ったのは、ユナイテッドアローズの初代社長、現在名誉会長の重松理です。ニューヨークデザイナーズコレクティブという新人デザイナーの合同展示会にマーガレット・ハウエルが出展していたのです。この展示会にはポール・スミスやピンキー&ダイアン、吉田カバンなど、その後有名になったデザイナーが数多く参加していました。その中で重松がマーガレット・ハウエルを見て、すぐに買い付けを決めたそうです。1回目は重松が買い付け、次からは私が引き継ぎました。

当時、栗野さんからマーガレットさんにカセットテープを贈ったというエピソードは本当ですか?

そうなんです。マーガレット・ハウエルを一目見てすごく気に入ったので、どうにかして、その気持ちを伝えたいと考えました。マーガレットさんは音楽が好きだと知り、自分がイメージした「マーガレット・ハウエルのお店に合う曲」をカセットテープにして差し上げました。ブライアン・フェリーやエルヴィス・コステロを入れたはず。実際にそのテープを店でかけてくれたと人づてに聞き、とても嬉しかったです。自分はバイヤーとして物を紹介することはできても、マーガレットさんのように服を作ることはできない。僕がシェフだったらお料理を作って差し上げたかもしれないし、お花屋さんだったら花束を作ってお渡ししたかもしれない。でもその時の自分にできたのは、イメージに合った音楽を録音してお渡しすることでした。自宅にアナログレコードが山ほどあり、録音できるカセットデッキ付きプレイヤーもあったので、それらを使ってコンピレーションテープを作りました。僕はこの業界で仕事をして40年以上になりますが、当時から仕事の付き合いというのは単なる物とお金のやりとりだとは思っていません。特にマーガレットさんが作るプロダクトには気持ちが込もっていると感じていたので、それにお返しするにはどうしたら良いか考えたんです。

マーガレット・ハウエルを買い付けしようと決めたポイントは、どこだったのでしょうか?

僕自身が英国的なもの、トラディショナルなもの、シンプルなものが好きだったんですね。とは言ってもジャケットやスリーピースを着こみ、タイドアップして……というガチガチのトラディショナルが好きだったわけではなくて、もう少しのどかなムードやイギリスらしいユーモアが好きだったんです。それをマーガレットさんの作る服に感じました。最初にそれを見つけたのは重松ですが、僕がバイイングを引き継いだときにも、彼女を通して英国的ニュアンスを強く感じました。

最初にバイイングした物について、覚えていますか?

当時の代表的なアイテムだった、ダブルカラーのシャツです。1980年代、当時は平均月給10万円程度、ランチが400円で食べられたり、喫茶店でコーヒーが130円で飲めたりする時代に、28,000円で販売した高価なシャツでした。ところがこれが、とてもよく売れたんです。最初は恐る恐るでしたが、途中から「これは只事じゃないな」と思いました。長年バイイングをやっていると、「来た来た!」と手応えを感じる瞬間を体験することがありますが、この時もその感覚を得ましたね。ダブルカラーはかなり特徴的ですが、他のシャツはそこまで強いデザインではない。でもやっぱりちょっとした襟型や生地やステッチの幅に、他のブランドにはないディテールがある。「ディテールにこそ神は宿る」という言葉がありますが、マーガレット・ハウエルの商品にはまさにそれを感じました。シンプルな物ほど、ディテールが重要です。凝ったディテールという意味ではなくて、細心の注意が払われていること。恐らく、マーガレット・ハウエルのそこに一番惹かれたんだと思います。  

 

個人的に購入した物について教えてください。

ダブルカラーのシャツは、妻にプレゼントしました。僕自身が初めて購入したのはレギュラーカラーのシャツで、とてもよく着ていましたね。当時、男もののシャツは襟芯が入ってビシッとしているのが主流。でもマーガレットのものは、襟が柔らかく、かつ、英国のディヴィット&ジョン・アンダーソンの最上級の生地を使ったシャツなんです。従来その様な生地は、タイを締めて着るようなシャツに使われるのですが、彼女はそれを襟芯がないシャツに仕立てた。その「ちゃんとしているのに抜け感がある」というニュアンスが彼女自身のスピリットにも、作る物にも現れていて、40年経った今でも色褪せていません。近年、“エフォートレスシック” や“エフォートレスエレガンス”、“ノンシャラン” といったムードが謳われるようになりましたが、要は肩肘張っていないけれどエレガントであること。気合いが入っていないのに、洒落ていること。1980年代の時点でマーガレット・ハウエルはそれを実現していましたね。

お持ちいただいたものは、購入してから40年以上経っているとか。それなのに、現行のものと変わらなく見えるのはなぜでしょう?

洋服を長持ちさせるには、よく着て、きちんと洗うことです。パンツはサイズが変わってしまったのでそうはいかないですけれど、40年前のシャツやセーターは今でも現役です。あと30年前の靴も。物って大事にしすぎると持たないんですよ。靴も、「(履かないと)革が死ぬ」という言葉があります。革製品は特に履くことで常に湿度と温度が革の方に伝わり革が生き続ける。シャツは生地と縫製が良ければ、そうそうダメにならない。彼女のシャツは、縫いが二重で丈夫に仕上げる縫製。基本的なシャツ作りのセオリーは守りつつ、仕上がりは柔らかいんですよね。

僕は、プロダクトがいつまでも新品のようであった方が良いとは全く思いません。日本の「侘び寂び」というカルチャー自体も、そうですよね。日本とイギリスの共通のスピリットなんじゃないでしょうか。マーガレット・ハウエルさんが気に入っている京都の「開化堂」の茶筒はものすごく良くできていて、何年使ってもへたらない。あの茶筒をマーガレット・ハウエルで取り扱うとなったときに誰かが「ブランドのロゴを入れる」というアイディアを提案したらしいのですが、それに対してマーガレットさんは「これ自体が素晴らしいんだから、名前を入れるのは失礼でしょ」っておっしゃったらしいんです。本質を常に見据えている人で、物作りにリスペクトがあるという印象的なエピソードですよね。

今日お召しになっている服も、マーガレット・ハウエルのものですよね?

そうです。シャツは10年ほど前に購入したもの。このシャツはダブルカフスで、袖のボタンはついていませんでした。普通プロダクトって、変に親切にしちゃうんですよ。ダブルカフス仕様ならば、カフスのボタンをつける。でもこれは、最初からついていないんです。僕は腕まくりすることが多いから自分でボタンをつけて、シングルで着られるようにした。より愛着が湧きました。

パンツは、去年の展示会で拝見して形がすごく気に入って、白と黒の両方を購入しました。これからずっと穿き続けるものになると思います。マーガレット・ハウエルのアイテムは、最初から時間が包含されている。買った時から、5年、10年、20年先が考えられるんです。新品の時点で馴染み感があるんですよね。ヴィンテージ加工や洗い加工によってそれを演出するデザイナーはいますが、マーガレット・ハウエルのアイテムはそうじゃない。デザイン自体がどこか少し懐かしいというか……。自分が40年前に出会ったときに感じた、「これはタイムレスピースだな」という感覚は今でも変わらないですね。妻にプレゼントしたダブルカラーのシャツは生地も素晴らしいし、デザインもタイムレスだから40年以上経った今着ても違和感がありません。

ダブルカラーのシャツについているタグは、「ウォーカーズマーク」と言われる、創設時に使われた昔のマークでした。

僕はあのマークが好きだったんですよ。ロマンティックな話ではありますが、妻にあのシャツをプレゼントした理由のひとつでもあります。僕たちは付き合い初めだったので、「(このロゴのように)ずっと仲良くいられたらいいね」という気持ちがあったんです(笑)。当時あのマークのピンも売っていて、僕はシルバーとゴールドの両方持っています。

素敵なエピソードをありがとうございます。他に、気に入っているものはありますか?

あとはカシミヤのクルーネックを気に入っていて、紺色、グレー、ベージュとグリーンの4色持っています。とても着心地が良くて、順次発売される新色を買い足すくらい愛用しているんです。やはりバイヤーとして、自分が本気で良いと思うものしか人に勧められないから、まずは自らがモニターになってみるんです。

吉田カバンとのコラボレーションのバッグも愛用されているとお伺いしました。

そうです。開き口が大きくて12インチのレコードを入れるのにぴったりなので、これを持って家を出るとついついレコードを買ってしまう(笑)……。本当に良いコラボレーションというのは相手のブランドへのリスペクトがあって、お互いの何が良くてやっているのかちゃんと理解ができているものです。このバッグを使っていると、本物同士は合うんだなと思いますね。僕はブランド物のバッグは一切持たないのですが、これは吉田カバンの良さとマーガレット・ハウエルらしい気の使い方が合わさっている良いコラボレーションの例ですね。ロゴの細やかさや絶妙なカラーリング、キャンバスと革の組み合わせも気に入っていて、ブルーとグレー、ボルドーの3色を持っています。セーターもバッグも1人でそんなに持ってどうするのって感じですけれど、洋服の色や季節に合わせてバッグの色も変えてみるとか。ついついそんなこと考えてしまいます。

本日はマーガレット・ハウエルの思い出の品をお持ちいただきました。そのアイテムについて聞かせてください。

リネンのシャツは、僕にとっては2代目か3代目。長袖と半袖とどちらも良いなと迷いました。私の記憶に間違いがなければ、長袖には前たてがなくて半袖には前たてがあったんです。普通は逆ですよね。でもそれがマーガレット・ハウエルらしい。昨日もこのシャツを着ていて、洗って干しておいたら今朝にはもう乾いていたので持参しました。とても着心地が良い。麻って本当に素晴らしい素材です。このネクタイは、ロンドンの店舗で購入しました。昔の学校の制服のような、オールドスクールなタイですよね。「1日中図書館にいるナードなやつ」がつけていそうなところが良いなと思って。リバーシブルのスカーフも、同じくロンドンの店舗で購入しました。僕は可能な限り、マーガレット・ハウエルのロンドンでのショーに足を運ぶようにしているのですが、ある年、目覚まし時計が壊れていて寝坊して行けなかったことがあったんです。前夜にスタッフの方に会って「明日楽しみにしています」とまで話したのに……。ショーに行きそびれたそのときに、「ごめんなさい」の気持ちを込めて購入した思い出のスカーフですね。基本的には、物自体に惚れ込んで買うんだけれど、「お店がかっこいい」、「このショーがすごく良かった」というリスペクトで物を購入することもすごく多いんです。でもこのときばかりは、「大変失礼しました」の気持ちでしたね(笑)。

栗野さんは、ご自宅ではどのようなコーディネートで過ごしていますか?

COVID-19の影響でステイホームを意識するようになってから、以前よりも、家にいるときの服装について考えるようになりました。“お家時間”が増えたのだから、ちゃんと自覚的に意識の切り替えをしようと思ったんです。これまでは家にいる限りはカットソーで過ごすことも多かったのですが、今は朝起きたらシャツに着替えています。家の前にある木の周りを、何日間もかけて休まず周り続けたアスリートの話があります。その間に歩いた高低差を合計すると、高山を登ったくらいになるのだそう。そのアスリートの話には敵わないけれど、洋服屋としては毎日着替えるということが近いのかもしれない。家にいるからこそ、ちゃんと着替えることで小さなスイッチオンになるし、オンにすればオフもできる。それが、この期間に自分が意識したことですね。

ステイホーム期間で、オンライン会議も主流になりました。マーガレット・ハウエルのアイテムはきちんと感があってリラックスできるということで、マッチするのでしょうか?

そうですね。そういう観点でマーガレット・ハウエルのプロダクトを見たことはなかったけれど、きちんと感とリラックス感を兼ね備えたアイテムだということで、今のシチュエーションに合っていると言えるのかもしれない。もともとプロダクトが持っていた感覚が、たまたま今の時代とマッチしたんではないでしょうか。「シティ&カントリー」という言葉がありますが、マーガレット・ハウエルさん自身が暮らしもマインドも、そして作る服も、街と田舎とを行ったり来たりという感覚を持っている。都会で着てもリラックス感があって、田舎を散歩している時に着ても決して山男のようにならない。だからオンライン会議で着ていたとしても違和感がないんだと思います。

栗野さんは紅茶がお好きだとお聞きしました。毎日飲まれているんですか?

365日、毎朝自分で紅茶を入れて必ず2杯は飲んでいます。アールグレイにミルクを入れて飲むんです。フレーバーティーにミルクを入れるのは邪道だという人もいるのですが、これが案外美味しい。前は紅茶が冷めるのが嫌で、ミルクを温めて飲んでいました。でも、マーガレットさんたち英国人はそうはされないんですよね。ミルクって普通にミルクパンで温めると乳臭くなってしまう。だから僕はカップに冷たい牛乳を入れたら、そのカップごとヤカンに入れて湯煎していたのですが、最近はマーガレットさんがやられているみたいに、冷たい牛乳を入れても紅茶が熱ければ良いやと思って、ミルクを温めることもやめてしまいました。

「MARGARET HOWELL CAFE」ではオリジナルの紅茶を提供しています。足を運ばれたことはありますか?

もちろんあります。あそこはテラス席が気持ち良いんですよね。日本では外でお茶ができるところは珍しいので気に入っています。仕事じゃないときならば、あのテラス席で白ワインを飲みながらサラダを食べるのなんて最高なんじゃないでしょうか。

最後に50周年を振り返って、ブランドの魅力について一言お願いします。

マーガレット・ハウエルの魅力を一言で言い表すならば「タイムレス」でしょうか。一つのプロダクトの中に、過去・現在・未来が詰まっている感じがする。それはイギリスの底力でもあり、日本という国の時間軸にもそういうところがあります。だからマーガレット・ハウエルは、「侘び寂び」の感覚を持っている日本人の僕らにもしっくりくるんだと思います。

PROFILE

栗野宏文・くりのひろふみ/ユナイテッドアローズ上級顧問

1953年生まれ。大学では美学を学ぶ。70年代後半からファッション小売業界に関わる。スズヤ、ビームスを経て1989年、ユナイテッドアローズ(UA)設立に常務取締役として参加。業界ではバイヤー、クリエイティブディレクターとして活動する傍ら、執筆、DJ 活動も行う。2004年、英国王立美術大学(Royal Collage of Art)より名誉研究員(Honorable Fellow)を授与される。現在は主にUAの上級顧問、クリエイティブディレクション担当として活躍中。

PHOTO: TETSUYA ITO
EDIT: YU_KA MATSUMOTO
TEXT: RIO HIRAI
SOUND ENGINEER: SHINSUKE YAMAMOTO